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銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機

・赤錆びた時代に取り残されたような鉄道橋

 

銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機

多くのフッション・ブランド旗艦店のビルが立ち並ぶ銀座。最近ではGINZA SIX(ギンザシックス)や「マロニエゲート銀座2&3」などの新たな商業施設が誕生し、表情を変え続ける東京・銀座。そんな華やかな街の片隅にひっそりと立つ踏切の信号警報機がある。

線路はなく、脇の看板に「銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機」と書かれている。

1987年に廃線となった国鉄汐留駅と築地市場を結ぶ貨物専用線の踏切だ。最盛期には食材を運ぶ貨車が1日150両も通過していた。電通ビルの横から横断歩道を渡ると、ビルに囲まれた路地に、線路もないのに踏切警報器がひとつだけ立っている。

今、線路敷は道路に変わったが、この警報器だけは、「銀座に残る最後の踏切」として保存されている。

昭和30年代までは、隣の東京高速道路には汐留川が流れ、築地市場に出入りする貨物列車がゆっくりと鉄橋を渡っていたという。今ではビルが林立して風景が激変したが、この踏切だけは昭和の面影を留めている。

 

赤錆びた時代に取り残されたような鉄道橋

再開発の進む臨海部にも不思議な光景がある。。東京メトロ有楽町線豊洲駅近くの運河に豊洲と晴海を結ぶ春海橋の横に、場違いなほどに赤さびた古い鉄道橋が架かっている。東京都港湾局晴海線の「晴海橋梁」。平成の世を経て、あらゆる景色が激変した豊洲・晴海にあって、なぜかこの鉄道橋だけが残った。

実はこの橋は、1989年の路線廃止後、豊洲・晴海地区の再開発に合わせて公園に整備される計画だった。横浜のみなとみらい地区で、臨港鉄道の跡が「汽車道プロムナード」と呼ばれる遊歩道になったのと同じように、晴海橋梁もまた観光客が行き交う人道橋に生まれ変わるはずだったのである。

しかし、中央区(晴海)側の再開発が遅れたことや、橋梁自体に想定以上の老朽化が判明したことから構想は挫折し、今も立入禁止の状態で放置されている。豊洲側からは、晴海橋梁の向こうにレインボーブリッジをはじめとする臨海地区もよく見え、特に夜は、周辺の華やかな夜景と真っ暗な晴海橋梁が対照的だ。

東京都港湾局専用線には、かつてさらなる延伸構想があった。晴海に入った貨物線は、月島を経由して築地に向かい、「銀座最後の踏切」を通って汐留駅につながるはずだった。晴海橋梁を眺めた後は、実現しなかった貨物鉄道構想を想像しながら、月島や勝ちどき橋などを訪ね歩くのも楽しい。

最近、東京都は再び歩道として活用できないか、橋脚などの強度を点検する予定らしい。

 

参考文献:東洋経済ON LINE「銀座に踏み切り、豊洲に鉄橋…都心に眠る廃線跡」、読売新聞2017年5月6日「廃線巡り」より

 

 

 

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