目次

・日本最南端の都道府県はどこでしょう

・東京都なのに亜熱帯?天然記念物の宝庫の小笠原

・かつてはBONIN ISLANDと呼ばれた島の歴史

・小笠原の歴史を語るにはSAVORY氏の存在

・若人のパワーが未来をつなぐ、移住者にも開かれた島

・小笠原へのアクセス

 

日本最南端の都道府県はどこでしょう?

日本最南端の都道府県は「東京都」。日本で一番南、北緯20度25分に位置する「沖ノ鳥島」(注:沖縄、波照間島は人の住む島として最南端の島)

日本の最東端もまた小笠原諸島の一島の「南鳥島」なんと、日本の最南端と最東端が東京都にあります。

 

東京都なのに亜熱帯? 天然記念物の宝庫の小笠原。

・東京から南に約1000km。太平洋に浮かぶ一度も大陸とつながったことのない小笠原諸島は、火山の噴火から生まれた約30の島々からなる海洋諸島。

・一般の住民が住んでいるのは父島と母島の2島。他に兄島・弟島・姉島・聟島などの島々が連なっている。

・父島の緯度は沖縄の那覇とほぼ同じで亜熱帯気候。まわりに大きな大陸もなく、太平洋にぽつりぽつりと点在する小笠原諸島の島々は、それぞれが絶海の孤島そのもの。ちなみに父島から最南端の沖ノ鳥島までの距離は約1000km。また、最東端の南鳥島にいたっては熱帯気候に属します。

・この絶海の孤島において、生物が生き延びていくためには独自の進化を遂げました。長い歳月の間に小笠原が固有種の宝庫となっていきました。

・特別天然記念物のハハジマメグロ、アカガシラカラスバトなどの鳥類をはじめ、哺乳類ではオガサワラオオコウモリ、オガサワライトトンボなどの昆虫、陸産貝類(カタツムリ)にいたっては94%が固有種とされ、「東洋のガラパゴス」と言われる所以でしょう。

 

かつてはBONIN ISLANDと呼ばれた島の歴史

さて、小笠原は先史時代には人類が住んでいた痕跡があるようですが、近年この島々が発見されたときは小笠原は無人島でした。

BONIN ISLANDとは当時の小笠原の別名で、これは江戸時代の無人(ブニン)島がなまったものだそうです。

19世紀初頭、島に欧米人やハワイ人が住んでいた記録が残っています。それから小笠原が日本領土となったのは明治9(1876)年。日本国となって150年にも満たない島です!

小笠原の歴史を語るにはSAVORY氏の存在

この小笠原の歴史を語るときなくてはならないのがSAVORY氏の存在。SAVORY氏は、初めて島に移民したひとりと言われるアメリカ人。小笠原ではとっても有名人です。

日本領土となった後、SAVORY家は日本人に帰化。今でも小笠原には「セイボリー」や「瀬堀」を名乗るSAVORY家の子孫が暮らしています。それぞれ元々は異なる人種の人々が暮らす小笠原はかなりユニークな自治体です。

若人のパワーが未来をつなぐ、移住者にも開かれた島

2017年2月現在、父島人口は2126人、母島人口は468人。小笠原の特徴は人口に対して若い人の比率がものすごく高いことです。島の集落には、小さな子どもから中学生、高校生まで、とにかく子どもたちの姿が多いことです。東京都の自治体において一番平均年齢が若いのが小笠原村とのデータもあります。また、移住者が多い事も理由かもしれません。

職業はダイビングやエコ・ツーリズムなど観光業に携わる人が多く年齢層が若いのも頷けます。特産物としては、塩や島レモンがあげられ、近年はラム酒作りにも力を入れています。

小笠原でラム酒?と思うかもしれませんが、開拓初期の欧米系定住者たちによって原料となるサトウキビが栽培されラム酒製造の土壌は整っていたそう。最近は、この「小笠原ラム」を、母島の海に沈めて海底熟成した新製品「Mother」も登場しています。

小笠原へのアクセス

  • 小笠原へのアクセスは、東京の竹芝桟橋から船「おがさわら丸」で24時間
  • 京〜小笠原間はおよそ週に1便運航。※ GW、夏休み、年末年始などは週に2~3便
  • 5泊6日(船中2泊、小笠原の父島もしくは母島で3泊)小笠原旅行の基本スケジュール
  • おがさわら丸 時刻表・運賃:URL:https://www.ogasawarakaiun.co.jp/service/index.htm
  • 小笠原村観光局 公式サイト

参考文献:ジモトのココロ編集部 「日本の最南端は東京都。都民の大半が知らない「東洋のガラパゴス」」

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