金沢へ上越を回っていく各停の旅

金沢へ旅に出た。新幹線を利用すれば東京から2時間30分程で着く。それを各停の鈍行列車で行くとなると、上野を10時過ぎに出発すると金沢へ1940分ごろに着く。乗り換えは7回。約9時間30分の旅だった。東京のビル群、商店街の街並みを通り過ぎ、大宮からは平たい田園や畑の風景が見えて来る。

高崎からは5両編成のオレンジと緑色の湘南色の117系電車に乗り換える。ステンレスカーの多い近年、とても懐かしいく感じる。高崎から列車は徐々に丘陵を登っていく。上越の山並みがドンドンと迫って来る。 

利根川の急流を横目に列車は水上を目指して走っていく。水上温泉が見えてきた。水上駅はもうすぐだ。

水上から北を目指し乗り換える。ここからはスイカーは使えず切符を買って乗り込み、2両編成のリゾート列車風の車両で六日町までいく。車内では定年退職した人たちだろうか、何人かハイキング風の服装で一人旅をしていた。

長いトンネルが続く。きっと冬はトンネルを出たら一面雪だろう。 越後湯沢や石打などのスキーリゾート地帯を通り過ぎていく。ここらの住宅の屋根は尖がっているのは、雪が滑り落ちて積もらない様に設計されているのかもしれない。

列車は下り里の山に来たようだ。ようやく六日町に着いた。六日町駅からは「ほくほく線(北越急行)」に乗り換える。

ほくほく線(北越急行)で直江津へ!

上越~越後 各駅停車の旅は続く!

北越急行ほくほく線

 六日町から「北越急行ほくほく線」に乗り換え二両編成の列車に乗って直江津へ。北越急行の歴史はそう古くない。1984年に設立され、北陸と首都圏を高速で結ぶ目的でつくられた。北陸新幹線開通により廃止となったが、在来線特急「はくたか」は時速160Kmで走っていた。ほとんど直線の長いトンネルは豪雪地帯を走るには大雪に煩わせず良い。途中、飯山腺と合流して十日町に着く。

里山とトンネルを抜けること一時間、列車は平野へ出て海が見えてきた。ついに太平洋側から日本海側へたどり着く。

 直江津からは「えちごトキめき鉄道日本かいひすいライン」に乗る。列車は停車中ドアーは閉まっている。乗るときドアー横にあるボタンを押すとドアは開く。冬の長い時間停車する時、寒いのでドアーを閉めているのだろうか? 日本海のネビーブルーのような紺色の海の色が美しい。水平線の向こうには入道雲、あの先はロシアか? とナホトカ、ウラジオストクの街並みを想像してロマンの世界に入る!

 トンネルに入ると電車の天井が巨大スクリーンに変わる!

車両の種類は『ゆめぞら HK100-101-102号車』定員(1両)115人、座席数56席、立席59人 、『ゆめぞら HK100-89号車』定員111人(1両)、座席数50席、立席61人との二つの列車がある。 最高時速は110km/h。

『ゆめぞら』がトンネルに入ると「宇宙(うちゅう)」、「海中(かいちゅう)」、「天空(てんくう)」、「花火(はなび)」、「星座(せいざ)」の5つの映像が見られる。 ゆめぞらの上映する5つのトンネルは「赤倉トンネル(10,472m)」:上映時間530秒、「薬師峠トンネル(6,199m)」:上映時間530秒、「鍋立山トンネル(9,130m)」:上映時間5分、「深沢・霧が岳トンネル(5,391m)」:上映時間3分、「第1、第2飯室トンネル(3,788m)」:上映時間3分だ。ワクワクする世界が待っている!

土・日・祝日に運行するから、時刻はホームページで確認!

≪北越急行のホームページ≫

http://www.hokuhoku.co.jp

夕日が沈む日本海を眺めながら!

「えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン」は一両編成で海岸線に沿って走っていく。ユニークな車両の座席は山側は単独シート、海側は二人掛けシートになっている。この線は元々は北陸本線だった。複線でコンクリート枕木の上にレールは引かれ、ローカル線にあるぺんぺん草など生えていない。昨年まで大阪と札幌を結ぶ寝台特急「トワイライト・エクスプレス」が走っていたのではないか。

いよいよ日没の時、今まで降っていた小雨と曇りの空に日差しが差し込んで来た。今まで台風が続き、秋雨前線と重なり、雨模様の一週間だっだが久しぶりに太陽の日差しを見る。泊という駅に着く。同じ番線のホームの先には次の列車が待っていた。2分後、泊駅を出発する。複線電化しているのに列車はジーゼルカーであった。路線名は「あいの風とやま鉄道」に変わった。

一両編成の各駅停車の列車。座席の山側は単独シート、海側は二人掛けシート!

いよいよ金沢へ到着!

泊から乗った「あいの風とやま鉄道」は下校途中の女子高校生で車両は一杯だった。今の時代は女子高生は本を読むより、スマホーのアプリを見ているようだ。列車は富山までしか行かない。富山から新幹線へ乗り換えれば、20分もかからずに金沢へ着く。だが、最後まで鈍行の旅を続ける事に決めた。

列車は仕事帰りの人達で一杯だった。昔はJRの北陸本線だったのに、路線名は「あいの風とやま鉄道」と愛おしい名前に変わった。一時間ばかりかけて19時に金沢へ到着。この旅で感じた事は、日本の旧国鉄、いやJRのローカル線は新幹線の開業、春の時刻大改正と共に「第三セクター」となり、地域格差による大都市と地方都市の二極化を、この「第三セクター」は今の日本の一端を表れているように見える。

金沢の駅を降りると、そこは大都会であった。アート感覚に溢れた近代的なバスターミナル。多くの国内外の観光客を呼び込戸みたい意気込みを感じた!

金沢・金澤・Kanazawa

 加賀百万石の城下町であった金沢。金沢城や兼六園はもちろん、江戸時代の街並みを今でも残す茶屋が軒を連ねる茶屋街、そして石畳の大通りなど。また、金沢駅前にそびえ立つ大きな芸術的なアーチ。それは芸術の街 金沢を表している。

 金沢は能登の海や奈良岳などの山や里山も近く、新鮮な魚介類や山菜は伝統的な和食はもちろん、創作的な料理は新たな楽しみを旅人に与えてくれる。飲食店街の繁華街、片町では焼き鳥屋や海鮮料理はもちろんイタリアンなどの洋食も楽しめる。また近江町市場は色々な海の幸を味わえる。その新鮮度はぴか一。大盛の海鮮丼は値段も手頃でお得である。

 

 金沢のDOWNTOWN

金澤の繁華街は香林坊、片町界隈だ。自分の泊まっている宿の地区は観光地であり、コンビニエンスストアやATMなど無かったが、繁華街へ行くと、飲み屋街は賑わい、焼き鳥屋、海鮮料理のお店、加賀料理のお店、立ち飲み屋、イタリアンなどいろいろだ。

一言さんの観光客が行くような気取った店づくりとは違い庶民的で猥雑な雰囲気が良い。夜な夜な金沢の飲みや横丁では宴は続くのであろうと想像した。城下町には、敷居の高い武家屋敷や老舗の料亭が立ち並ぶ界隈のあれば、そこから外れた庶民の繁華街もある。金沢はそのような城下町らしい町並みを構えている。

兼六園と金沢城公園

もちろん、金沢城や兼六園は町は中心の見晴らしの良いところにある。

さすが「加賀百万石」の町である。その歴史と食文化が花開いているところだ。またリピーターとして来たくなる町だ。外国人観光客、若い女性の旅行者やカップルの多いのことに頷ける


各駅停車 VS 北陸新幹線!

金沢から帰京する時は新幹線を利用した。東京から金沢へは10時間ほど掛ったが、帰りは北陸新幹線「はくたか」号へ乗って3時間で東京に着く。「はくたか」は新幹線の各停列車だ。

「はくたか」は各駅停車だから、東京へ最後まで乗る乗客より、途中の駅で乗り降りする人達は多い。新幹線は地方と地方を結ぶ足として便利な文化経済の交通手段だ。東京と地方を結ぶだけでない。地方と地方の繋がりも結びつける。これによる経済波及効果は大きいだろう。

ところで鈍行を乗り継いで東京から金沢からの運賃と北陸新幹線の運賃ではどちらが高いだろうか? 新幹線は特急料金や指定席料金など余分なサービスを支払うので当然高くなる。

実は鈍行列車は8300円程に対し新幹線は7340円と1000円ほど安い。今の時代、「ローカル線の旅」は時間とお金に余裕のある人の贅沢な旅。

時代の変化と共に人々の価値観も変わり、旅の仕方も変って来ている。それは経済や人口の変異により、人々のライフスタイルの変化を大きく影響しているだろう。ただ、いつの時代でも自分の心の中に感銘の受ける旅をしたいものだ。

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